カテゴリ:ハセガワ( 10 )

ご報告
大変ご無沙汰しております。最近不幸続きの長谷川です。
先月の話ですが、東京JCによる以下の勉強会に出席してきました。


  ・日程: 2006年9月28日(木) 
  ・場所: 国際文化会館 会議室
       講師: 自民党 参議院議員 真鍋 賢二先生
     講演テーマ: 日中友好活動の歴史と現在の日中関係
17:00-      登録開始

17:30-18:00 学生交流報告

18:00-18:30 次年度学生募集に関して

18:30-18:45 休憩

18:45-19:45 講演 参議院議員 真鍋賢二先生

20:00-20:45 懇親会


以上のものは、自分が参加した「国際貢献ミッションinChina 2006」の最終報告会として行われたものでした。「学生交流報告」の中で、このワークショップの報告をしてきました。様々な職業の方々の前で発表したのですが、とても反応が良かったです。


「これって昔の日本じゃん。なつかし~い。」


「この本買いたいんだけど。え!?出版してないの??」


「hand madeって日本でもそうだよ。確かに日本では見えにくいのかなぁ。」


などなど、様々なご意見を頂きました。


そしてそして、昨日、東京大学で四人で報告をしました。
詳しくは・・・田島さん??あれっ違う??とりあえず今日はこの辺で失礼します。
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by uaaworkshop2006 | 2006-10-14 21:58 | ハセガワ
長春にパンダは…
いよいよ北京を去る日が近づいてまいりました。

予定を変更して一ヶ月と一週間ぐらい北京にいたのですが、数多くの貴重な体験をすることができました。UAAの方々をはじめとして、ワークショップで協力してくださった方々にお礼申し上げます。

では長春へ行ってきます。
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by uaaworkshop2006 | 2006-09-01 20:48 | ハセガワ
そこにパンダはいなかった。(後編)
「私は大地の子ですから。」
これは『大地の子』の最後の言葉である。この言葉は、自分が今までに読んだ本の中で一番心に響いた。そして、中国という国を意識しはじめるきっかけとなった。
『三国志』『水滸伝』『楽毅』など、元々中国の歴史小説が好きで、自分なりに中国に触れてはいたのだが、市民レベルの視線での本は『大地の子』が始めてであった。この本では歴史的な背景はもちろんのこと、中国という国の特有性を強く感じた。当時は今よりもさらに幼かったが、それなりに中国という国について考えた気がする。そして月日は流れ、今年の春、東京JC主催の「国際貢献ミッションin China 2006」で中国を直に触れるチャンスに巡り会えた。ここでは中国(北京・上海・合肥)の表面を掬った、いや、触れたぐらいだった。
そして、UAAのworkshopで建築的な視点から中国の首都、北京、に関して触れることができた。

時代には、自らその時代の持つ形というものがあるような気がする。北京で一ヶ月住んでみて、その流れをとても感じることが出来た。それは、中国が発展している最中からなのだろうか?日本のバブル期もそうだったのだろうか?日本の数十年前と同じ様な状況であると聞いたことがあるが、どうも違うような気がしてならない。かつて「眠れる獅子」と諸国に言わせた様に、中国には土地と歴史が噛み合ったパワーがあるように感じられる。それはアメリカの持つ現代文明に基づくパワーとは全く異なるものだろう。自分が「大地の子」であると人に言わしめる国が他にあるだろうか。

僕は中学・高校生の時に武道をやっていた。その中で、日本独特の「間」というものが存在することを知った。武道の中では「間合い」というものである。この「間」というものは理解するのはとても難しい。知れば知るほど奥が深いことに気がつき、決して底が見えないのである。「間」を建築と繋げれば、「空間」という言葉が出てくる。よく「space」=「空間」と訳されるが、僕は間違っていると思う。空間と時間軸の調和、四季折々の姿を生活に取り込む、これこそが「空間」というものだろう。
日本は古来より多くのことを中国から学んできた。建築に関しても同様である。しかし、「空間」というものは日本独特のような気がする。もちろん中国にも「空間」というものが存在しているといえる。東洋思想の特徴として自然との調和があげられるが、これは中国の「空間」にも取り入れられているだろう。しかし、日本では自然に溶け込むのに対して、中国では自然と少し距離をおいているように感じられた。それは天壇公園などに行ったときも感じたが、特に感じたのは中国人の眼を見ていてであった。自分はよく人の眼を見る。なかなか見ていると面白いものである。「眼力」という言葉があるように、眼は多くを物語ってくれる。まだ人生経験の浅い自分だが、それなりに感じることはある。単純にいる場所によっても違うものである。北京の人々の眼もこの一ヶ月見てきた。道ですれ違う人々の眼はとても面白く、東京でよく見るつまらない眼より断然生き生きとしていた。

どんな場所にもそこにしかない時間の積み重ねがある。時間はただ流れるだけでなく、そこに何かを残していく。気候風土という自然の営みと人の営みの重なり合い、そこにしかない歴史的環境がつくられ、その土地が周囲に広がる様々な環境と影響しあっている。様々な要因が重なり、絡み合い、その場所固有のものが出来上がるのである。土地は生き物と言うこともできるだろう。「地霊」という言葉もその一例といえる。時の流れを吸収してきたかけがえのない場所をいとも簡単につくりかえてしてしまう力が今の都市開発にはある。その力を存分に発揮できてしまうのが「拆」というシステムである。乱雑なスクラップ&ビルドの繰り返しによる薄っぺらな北京にはなって欲しくない。バベルの塔の話では人間の行き過ぎた行動に天罰が下ったのだが、そこには謙虚さが求められている。謙虚さというものは、人間関係だけではなく、都市においても必要だろう。そして都市において建築が文化として根付くこと、それは、ただ大事に保存していればいいというわけではなく、生かしていくことが大切なのだろう。そこに楽しさを加えてもいいだろう。これは中国人の特技かもしれない。

最後に、

兵者(?)。国之大事。死生之地。存亡之道。不可不察也。

って孫子の言葉の記念碑がありました。
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by uaaworkshop2006 | 2006-08-31 16:10 | ハセガワ
最終プレゼン
UAAのワークショップが始まってから早くも一ヶ月。
それまでにやってきたことの総仕上げとして、
最終プレゼンを兼ねた本の発表を行いました。

「北京にちらばる21世紀の新しい都市の可能性
 それらを集めて新しい意味を見つけてみたい。」
という意思のもと、メンバーは
「北京の可能性とは?」
について考えてきました。

北京について考えるにあたって、まず、写真を撮りました。
面白い写真、不可解な写真、圧倒される写真、心が震える写真、…
様々な写真が集まりました。
それらの写真を整理しながら話し合いを行い、また、諸先輩方の意見を聞き、北京を「都市」ではなくて、様々な規模、意味、空間の現象が集積した巨大なひとつの「現象」と捉えることにしました。

では、一体どういう現象が存在するのか?
それを解釈し、新しい価値観へとつながる背景を作るために、
写真と写真をつなぐことを考えました。
撮った写真は巨大な「北京現象」の断片であり、複数の断片同士に共通の現象を見つけ、そして、名前をつけていきました。

この一ヶ月間で北京から6000の断片を切り取り、14の現象を見つけることが出来ました。14の現象の詳細に関しては、後ほど。

プレゼンに関してご意見をいただきましたが、それは個々人での消化ということにしておいて、とりあえずここでは詳しく述べません。
自分自身の考え(ワークショップに関してはもちろんですが、北京さらには中国に関しても)は現在まとめている最中であり、それなりにまとまった段階で述べようかと思います。

みんなで真剣に考えてきた一ヶ月間、そのまとめの本、それらがもたらしてくれた自分自身の大きな変化、全てワークショップがあったからこそ出来たことであり、非常に感謝しています。このような機会にめぐり合えたことを幸いに思うと同時に、上手く消化していきたいと思っています。
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by uaaworkshop2006 | 2006-08-23 23:21 | ハセガワ
沈黙の王
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今日は建材城へ行ってきた。
まず照明関係の所へ。とにかく規模がすごかった。
照明というと、日本ではヤマギワや家電製品店に行くぐらいの自分にとって、かなり刺激が強かった。照明は視覚を刺激するものであり、売る側としては刺激の強いもので特徴づけようとするのだろうが、ほのぼのとし心温まる色を売りとして利用する日本の最近の傾向とは違った、中国の勢いみたいなものを感じてしまう雰囲気だった。これは勝手な解釈であり、照明世界の実情を全く理解していない感想なのだろが…。面出薫さんや石井幹子さんの本などで照明デザインについては若干触れたことはあるものの、まだまだ勉強不足なので、もっと調べてみようと思った。金額の面などで日本よりも普及されやすいと言われているLEDの及ぼす影響などについてもそうである。

その次に向かったのが、扉を中心とする建材売り場であった。階段なども10数段1セットで売ってしまうのには驚いた。きちんと高さも調整できるようになっているのである。そういった建材を見ながら、中国の建設においてCGが重要視されていることがひしひしと伝わってきた。CGのパーツの世界に飛び込んだような気分になったのである。カタログと一部分の素材を見せられ内装を作っていくのと比べれば、庶民的にとって親切な施設だなあと感じた。

そして、パチモンなどの家具が売っている建材城へ。まず驚いたのが、パチモン自体でなく、店員が売り物の家具で昼飯を食べていることであった。もしかしたら売り物の家具ではなく、店員用の机なのかもしれない。しかし、売り場で昼食をとる店員を見て、家具を売る場所として日常に溶け込んだ建材城を感じると共に、中国人の機能重視性を感じてしまった。

その後、紙の店の竹尾に寄ってPaul Andrew設計のオペラ劇場の現場に向かった。途中大雨に降られかなりしょげてしまった。紫禁城や天安門広場の近くという中国(北京)の歴史を感じる場所に巨大なUFOが降り立ったような印象を受けた。そこには卵の優しさでなく、オームの威圧感を感じてしまった。巨大なチタン性ヴォールト天井というカバーがあり、水がある所(?)の下からくぐって中へ入り、中にはオペラハウスにシアターとコンサートホールがあるというような構成だった。自分には、中の一面に張られる赤いプライウッドがどのような大空間をつくりだすのかイメージがつかず疑問の多い現場であった。ただただ、天井が落ちてこないことを祈るばかりである。
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by uaaworkshop2006 | 2006-08-11 06:48 | ハセガワ
青雲はるかに
OMA白井さんの講義(8/9 19:35~)が行われました。
OMAが北京で仕事をするにあたっての考えを聞きながら、
北京、さらには中国について、様々な視点からの見方があることを再認識できたインパクトの強い講義でした。


〈概略〉
______________________________________

通貨によって建築は影響される。
その主な三つは
¥€$
である。
ここで¥は日本の円を言うが、円→元になりつつある。

数値的な観点で中国の成長を述べれば、
GDPが世界に類をみない速さで増加している。
そして、中国は世界の経済に影響を与えている。(例)鉄鋼の金額

都市化という面においても、ヨーロッパはそこまで進んでないが、北京・インドでは10%を越える都市化が生じている。

つまり、今の中国には勢いがある。

北京では、スプロール状に開発が進んでいる。
しかし、総合的に秩序的状況である。

中国建築の特徴としては、
・建築家、建設費:USA×1/10=中国
・設計量            ×5=中国
という状況が述べられる。
特殊な状況において1988年のポールアンドリューの作品から世界(主に西洋)の建築家が中国で仕事をするようになってきた。

そういった状況の中でCCTVの設計は始まった。

CCTVがイメージする今後の展開としては、
北京オリンピックをもとに中国のBBC→アジアのBBC
という感じである。
具体例としては、14CH→250CHの拡大である。
こういった要求も視野に入れられている。

設計において考えたことが2つある。

・スカイスクレーパーとして高さと頂部の違いによる差異でないもの。

スカイスクレーパーはアメリカで生まれたものであり、自らの経済力を示している。
アジアではかなり多いようである。
施工中のCCTVは234mであるが、234mそこまで高くはない。
他の建物と比較すると、
「234m」≒都庁 <エッフェル塔
となる。
ヨーロッパの建物のほとんどは234mより低い。 
これは、スカイスクレーパーの概念が浸透していないことを示している。

・機能的なもの;ホテル、美術館、シアター、警備員の宿舎など
であった。
そして、
CCTVのPRIVATE:セキュリティーの高さ+TVCCのPUBLIC:ホテル、シアターなど
←これをどういう形にするか
ということを考えた。

CCTVにおいては、建物と人の流れは一緒であるという考えを用いている。
この形には、見る角度によって違う印象を持つという面白さも持ち合わせる形となっている。

LOOPに関して・・・。


CCTVの特徴は、「LOOP」機能+設備である。

〈構造〉
60m飛び出している部分がある。
その部分を建物全体でもたしている。
その際構造解析を行い、デザインを構造から表出している。

構造解析→メッシュで囲う。密度の差異。→ファサード
      ↑
ファサードは北京の空気を考慮した。
北京の空気は少しよどんだ感じである。その中でどう建物を印象強くするか。
→北京の街を見ていて、仮囲いがそれなりに目に焼きついあた。MASSIVEな構造体バランスがいい。

また、アイコノグラフィーとして「ポジティブなファサードでもいいのでは?」という考えがある。
そこには、ファサードを語りかけるものにしたい、という思いがある。

TVCCに関しては、
ピラネージの古代ローマを参考にしている。
そこには、「かっこよさ」と「将来への可能性」を考慮している。


後は、白井さんが中国の都市に関して作成中の本についてのお話がありました。

〈感想〉
このワークショップで聞いた白井さんのお話を通して、
建築、都市、そして人々に建築家がいかに関わっていくかの一つの手法を学ぶことが出来ました。と同時に、今までの自分がいかに手ぬるかったかを感じ、もっと積極的に建築に取り組んでいこうと思いました。その新たなる第一歩として、今回のワークショップが・・・。さて、どうなることやら。。。
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by uaaworkshop2006 | 2006-08-10 19:25 | ハセガワ
アピール
昨日は第三回のプレゼン。
今回はOMAの白井さんがいらっしゃった。
〈概略〉
コンセプト自体は前回の延長線にあり、
グローバル化を糧に、逆に世界を飲み込んでいく中国を示してみた。

具体的なものはここでは省略し、白井さんのコメントをまとめてみた。
色々なやり取りもあったが、そこは省略しました。

_______________________________________

何をしたいかを明確にしてやっていった方が良い。
その際に、良い言葉は良いコンセプトを伴う、ということに気をつけるとよいのではないか。
新しい切り込み方を考えるものいいが、比較という方法もツールとして使ってもいいだろう。
そこに古さを感じることはないと思う。
1.絶対他の国では見られないもの。
2.どこにでもあるもの。
3.それらの中間。
これら三つを見て、グローバルとしての中国の位置づけを考えてみてみるのも一つの方法である。
北京ならではの言葉を見つけよう。

Rem Koolhaasは言葉選びが天才的である。
基本姿勢(ポジティブな見方)は、ずっと変わっていない。
とにかく楽しいことが好きな人である。
それは、都市や建築に対しても同じである。
「建築で楽しいことをする⇔都市で膨大な楽しさを集める」というスタンスである。
10年前に中国の本を書いたが、ポジティブな見方をしていた。これは今も同じだと思う。

面白さを知的な考察で掘り下げてもいいのではないだろうか?

「Beijing Mutation」に伴い、今の中国は色んなものがミックスされる環境が生じている。
そこには可能性を感じる幅が広がっている。

コルビジェの言っていた北京のすごさは全てが理路整然とした都市である。
しかし、その理路整然さは主に道路であり疑問を感じる。
中国、ヨーロッパ、日本の特徴を簡単に言うならば以下のようになる。
・日本:concept
・ヨーロッパ:一枚一枚描いた絵のよう 
・中国:大量(大規模)印刷

劉さんがおしゃっていたことも載せておきます。断片的なのはご了承を。

今の中国は進行中である。そこには生のものが見える。出来上がった彫刻に感動するのとは違う、面白さがある。
日本に行って感じたことの一つに以下の違いがあげられる。
・東京:点と点。駅と駅の間のイメージがない。
・中国:連続的である。

都市へはシステム的な面を考えていきたい。


再び白井さんのコメントです。

〈作品を作るにあたって〉

「アピール」というものが、建築にしろresearchにしろ重要である。
それには言葉選びが重要である。
特徴の持たせ方。
Rem Koolhaasの偉大さはここにも感じられる。

今の北京にはglobalizationが思わぬ方向に向かっている。
単に都市の良し悪しでなく、「どういう可能性があるか」が重要である。
そこには良い可能性が秘められているのである。

考えをまとめるには、本の作成が有効である。
本を作る際には、「どう見せるか」を考えなくてはいけない。
これを考えることで、brush upされる。


〈追加〉
外国で建築をやるということに関しては、
単純に言葉の面においてもそうだが、「郷に入っては郷に従え」である。

時間の関係上、感想は省略しました。
また後で追記します。
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by uaaworkshop2006 | 2006-08-09 11:20 | ハセガワ
最後かも・・・?
昨日は散歩がてら外で本を読んでいた。

もうじき折り返し地点。

楽しさとともに可能性への不安もよぎる。


昨日のラッキーアイテム:パンダ

今日のラッキーアイテム:風に吹かれて豆腐屋ジョニー
今日の一言:『拆の叫び』
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by uaaworkshop2006 | 2006-08-07 10:10 | ハセガワ
8/1東福さんのお話-cafaにて-
皆様お疲れ様でした。
CAFAでの東福さんのお話を
ざっと流れに沿って述べときます。
 

・美術館の曲線に何か意味があるのだろうか?(つまり都市へのメッセージは?)
→都市に問いかけるなど、社会的な意味はなく、contexturism的なイメージである。
中国で、はじめてのまとまった美術館であり、うまく成功すれば第一人者となれる。
そういう東福さんの思いがあるようだ。これは、FRONTIER精神である。
また、中国はダイナミックでおもしろい場所として感じてはいるが、
北京に関しては、日本人として多少距離を置いて見ているようである。
(第三者的な感覚)

・中国の建築に関して・・・?
→中国の建築は、基本ラーメン構造であり、プログラム的な視点からのアプローチは中国人には理解し難い。躯体を買って内装は自分たちでやるのが中国流である。その際、建材城を利用する。そこの雰囲気は・・・、ずらりと並んだデスクでCGを立ち上げる人たちがいて、それを見て建材を選ぶ。

 中国建築の現状は、とりあえず提案することから始まる。「こんなのつくるのです!!」とインパクト勝負のパース作成が中国の方法である。そして、今は、オリンピックまでに多くのプロジェクトを仕上げようとしている。これは、日本の新幹線と同じではないだろうか。万博に関しては、上海という都市への大きな影響力はないようだ。上海は東京の劣化コピーといえるので・・・。

 
・中国の社会的状況は・・・?
→共産党がやるといったらやらねばならない。その一例として、上海のリニアモーターカーがある。CCTVの計画が立ち上がったときは、中国人は反対していたが、つくられてしまう。
 CCTVに関しては、プラン上の根拠がある。きちんと考えれば、テレビ局としてプラン的に導き出された形なのである。
 
 中国では世代論が日本より明確であり、政治的な面が大きい。田舎をおさえて都会を伸ばそうとしている。個人のデータを役所が管理しいることなどからも、国内に植民地を作っているようなものである。
 
 現在の中国というのは、日本での戦後十数年後とバブル期が同時に来た状況である。日本のバブル期は海外からの影響はなかった。一方、中国は海外から積極的に取り入れようとしている。INDIES的楽しさがいまの中国にある。また、日本の企業は戦後コピーから始まった。中国も同じだと考えられる。しかし、コピーの後は淘汰の時代が待っている。それを乗り越える必要がある。
 現在は、中国人の思考転換期といえるだろ。しかし、それはすぐにはできないことである。

・付け足し
五つ星のホテルは五つ星レベルの人に頼んでしまう。また、そういった人は五つ星の環境に慣れているため、扱い方を知っている。
例;谷口吉生

かつて北京に関してコルビジェは大絶賛した。

説得力、論争力、突破力に優れている中国人。
面子を保つのが重要。まあ喧嘩はしかたないか・・・。


→文革→天安門→近年のバブル
    やってられるか!!海外へ行ってやる!!と、多くの若者が海外へ。


〈感想〉
 劉さんの話も含めて、都市について、ものすごく頭を使った一日であった。
デザインから都市に問いかけるのではなく、
別の方法で今の中国に呼びかけたいという劉さんの気持ちが伝わってきた。
しかし、非常に難しく、今の自分では頭がパンクしてしまいそうだ。

 都市について考えてみると、例えば東京(日本)の特徴の一つとして安全性があるだろう。
安全性に関連して自動販売機がある。
おでん缶など、自動販売機中身でその都市を述べることもできる。
コンビニの商品でもその土地の特徴が生じている。

 では、中国の特徴は何であろうか?
その一つに結束力が挙げられると思う。
それでは、北京の特徴はなんだろうか?
巨大な国の中心地として、国内や海外に何かを発していく都市、
なのだろう。
そしてそれに市民が限られた中でどう関わっていくか。
 悠久なる中国だからこそできるダイナミックな計画、
それはなんなのだろうか。
文化革命で途切れたとはいえ、長い歴史を背景に一体感を醸し出す民族、
一体どんな可能性を秘めているのだろう。

(まとめ)
聞くは一生の恥!!by Arata
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by uaaworkshop2006 | 2006-08-02 12:23 | ハセガワ
長谷川的キーワード
みなさん帰ってしまいました。
そこで先ほどのキーワードを今のうちに書いときます。
大雑把ですが申し訳ない。

モラル、街路樹→公害、色(光など)、コミュニケーション、歴史、共存。


モラル・・・これは中国人の立場で言わないといけないので、注意が必要である。ようは、何に重きを置いているかということでないだろうか。見た目、心、親族、友人、年長者、立派なお腹etc.
個人的にはマナーとモラルは別問題の気がしますが。。。

街路樹・・・公害と絡んでくる。
公害→ほこり→ガラス磨き→建物のメンテナンスへの意識はどの程度なのだろか。
とても低いように感じられる。では中国でSOHOのような建物を、さらには、常に綺麗な建物を求めるのは間違っているのだろうか?これは、劉さんがおしゃっていた「日本の50年前を想像してみよう」という言葉に通じるかもしれない。

色・・・街灯の色:オレンジ色について話で出ていたが、よくよく考えてみたら、自宅(四谷)付近も最近オレンジ色に変わっている。きっと明るさの問題であろう。オレンジ色というのは不気味な感じをかもし出すが、確かに明るいのである。スキー場(ナイター)を考えてみるとよく分かるかもしれない。霧などでの散乱にも強いような気がする。
   建物の色:これは不思議であるが、中国では黄色が皇帝を表し、黒が水を表すように、中国人なりの感覚があるのだろう。しかし鮮やか過ぎる。でも瑠璃瓦など残すべき伝統であるとは思う。

コミュニケーション・・・道端での京劇。将棋を楽しむ老人たち。政治の制度上の問題だけでなく、農耕民族としての協調性からくるのかもしれない。賑やかな民族なのだろう。個人的には農耕民族・狩猟民族で人類を分けるのは好きでないのだが。。。

歴史・・・歴史的な建造物への認識レベル。万里の長城のレンガを農民が大量に持ち出してきたのは有名な話である。
(共存)・・・四合院など。
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by uaaworkshop2006 | 2006-08-01 00:43 | ハセガワ