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パンダは東京よりも大阪に多いんだって。
メンバーが4人居たときからなんですが、実は作業中にもフリーセルをやるようになってはや50戦以上しました。はまり易いんですね。麻雀止めてから前なら絶対しなかったような小ゲームを結構やるようになってしまいました。ちなみに勝率は90%以上です。だからどうした、といわれても困りますけど。

《今日の報告》
午前中は建国門駅からまず、北京古観象台(天体観測所)を見てから2カン沿いを南方へぐねぐねと、迷いながら、迷って、迷って、歩きました。
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最終的に生活に関わるものを何でも扱う感じの市場についたのでお昼をそこで買って食べ、建外SOHOへ戻りました。
午後は写真の整理と今後の予定、最終発表のイメージ作りをしました。今のところ、9月9日の発表は写真をぱっぱっぱっとお見せして、考えていることを話すスライドショー形式になると思います。あとそれまでに一度上海行きたい……

《今日のまとめ》
それよりも早く帰ってDVD(富豪刑事)みたい……
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by uaaworkshop2006 | 2006-08-31 21:07 | ヨコヤマ
そこにパンダはいなかった。(後編)
「私は大地の子ですから。」
これは『大地の子』の最後の言葉である。この言葉は、自分が今までに読んだ本の中で一番心に響いた。そして、中国という国を意識しはじめるきっかけとなった。
『三国志』『水滸伝』『楽毅』など、元々中国の歴史小説が好きで、自分なりに中国に触れてはいたのだが、市民レベルの視線での本は『大地の子』が始めてであった。この本では歴史的な背景はもちろんのこと、中国という国の特有性を強く感じた。当時は今よりもさらに幼かったが、それなりに中国という国について考えた気がする。そして月日は流れ、今年の春、東京JC主催の「国際貢献ミッションin China 2006」で中国を直に触れるチャンスに巡り会えた。ここでは中国(北京・上海・合肥)の表面を掬った、いや、触れたぐらいだった。
そして、UAAのworkshopで建築的な視点から中国の首都、北京、に関して触れることができた。

時代には、自らその時代の持つ形というものがあるような気がする。北京で一ヶ月住んでみて、その流れをとても感じることが出来た。それは、中国が発展している最中からなのだろうか?日本のバブル期もそうだったのだろうか?日本の数十年前と同じ様な状況であると聞いたことがあるが、どうも違うような気がしてならない。かつて「眠れる獅子」と諸国に言わせた様に、中国には土地と歴史が噛み合ったパワーがあるように感じられる。それはアメリカの持つ現代文明に基づくパワーとは全く異なるものだろう。自分が「大地の子」であると人に言わしめる国が他にあるだろうか。

僕は中学・高校生の時に武道をやっていた。その中で、日本独特の「間」というものが存在することを知った。武道の中では「間合い」というものである。この「間」というものは理解するのはとても難しい。知れば知るほど奥が深いことに気がつき、決して底が見えないのである。「間」を建築と繋げれば、「空間」という言葉が出てくる。よく「space」=「空間」と訳されるが、僕は間違っていると思う。空間と時間軸の調和、四季折々の姿を生活に取り込む、これこそが「空間」というものだろう。
日本は古来より多くのことを中国から学んできた。建築に関しても同様である。しかし、「空間」というものは日本独特のような気がする。もちろん中国にも「空間」というものが存在しているといえる。東洋思想の特徴として自然との調和があげられるが、これは中国の「空間」にも取り入れられているだろう。しかし、日本では自然に溶け込むのに対して、中国では自然と少し距離をおいているように感じられた。それは天壇公園などに行ったときも感じたが、特に感じたのは中国人の眼を見ていてであった。自分はよく人の眼を見る。なかなか見ていると面白いものである。「眼力」という言葉があるように、眼は多くを物語ってくれる。まだ人生経験の浅い自分だが、それなりに感じることはある。単純にいる場所によっても違うものである。北京の人々の眼もこの一ヶ月見てきた。道ですれ違う人々の眼はとても面白く、東京でよく見るつまらない眼より断然生き生きとしていた。

どんな場所にもそこにしかない時間の積み重ねがある。時間はただ流れるだけでなく、そこに何かを残していく。気候風土という自然の営みと人の営みの重なり合い、そこにしかない歴史的環境がつくられ、その土地が周囲に広がる様々な環境と影響しあっている。様々な要因が重なり、絡み合い、その場所固有のものが出来上がるのである。土地は生き物と言うこともできるだろう。「地霊」という言葉もその一例といえる。時の流れを吸収してきたかけがえのない場所をいとも簡単につくりかえてしてしまう力が今の都市開発にはある。その力を存分に発揮できてしまうのが「拆」というシステムである。乱雑なスクラップ&ビルドの繰り返しによる薄っぺらな北京にはなって欲しくない。バベルの塔の話では人間の行き過ぎた行動に天罰が下ったのだが、そこには謙虚さが求められている。謙虚さというものは、人間関係だけではなく、都市においても必要だろう。そして都市において建築が文化として根付くこと、それは、ただ大事に保存していればいいというわけではなく、生かしていくことが大切なのだろう。そこに楽しさを加えてもいいだろう。これは中国人の特技かもしれない。

最後に、

兵者(?)。国之大事。死生之地。存亡之道。不可不察也。

って孫子の言葉の記念碑がありました。
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by uaaworkshop2006 | 2006-08-31 16:10 | ハセガワ
そこにパンダはいなかった。(前編)
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中国人と動物園に行ってきてしまったハセガワです。

さて、今日は軍事博物館へ行ってきました。博物館の内容への関心はさておき、地下鉄を乗ったときに駅名として興味があったのからはじまり、十大建築として、また、スターリン様式としてどんなものか興味があったからです。実際見に行ってみると、展示物にぶちのめされ、建築的な視点で見るまでにだいぶ時間がかかりました。それも、思い出したのがひょんなことからで、岩の壁面になんとも自分向けの高さと形の岩があったのでついついパンチをしたら…、

「ボッコ。」
「ん??紙かよ!!建物こんな立派なのに。そうだった!!この立派さがスターリン様式だった。」

みたいな感じで思い出したのであります。様式などについて説明しておくと、国家権力を示すためのシンボル的存在としてスターリン様式建築物がロシアや東欧に建てられ、中国においてもこの様式が採用されたのです。1958年、旧ソ連は中国に圧力を掛けようとして、中国の社会主義建設を手伝っていた専門家を全員引き上げさせてしまいました。それに対し中国は、中国人の誇りと意地を示すため、北京で十大建築工事に取り掛かりました。しかも急ピッチなのです。例えば、あの人民大会堂を288日で終わらせたことを考えればそのすごさが分かるのではないでしょうか。しかも、当時の中国は外国との貿易や経済協力がなかったことを考えると、50年代十大建築自体が中国の底力のすさまじさを物語っているのです。だいぶ簡略化していますが、そういう背景を持つ軍事博物館と道路を挟んで建っている現在のCCTVを比べるとCCTVがモヤシの様に思えてきました。
さて、展示内容についてですが、自分にとって一番衝撃的だったのは、ずらりと並んだ戦車、ミサイル、戦闘機などを見たときでした。そして、説明のところで「日本製」と書かれた文字を見たときの衝撃もかなりのものでした。戦前の「日本製」は、今の「日本製」と全く違った意味を持っているわけであり、その言葉が眼に入ってきた時は、弱っている時にいきなりくらったアッパーぐらいの感じでした。展示内容も調べて行ったので何があるかは多少知っていたのですが、この1Fの展示は、直接聞いた話や本でそれなりに戦争に触れていた自分にとって、建物の存在を忘れるほどの内容でした。さてさて、大好きな三国志や孫子が出てきてヘロヘロな自分を落ち着かせてくれ、やっとこさ4Fまでのすべてを見ることができたのですが、正直この美術館は内容が重過ぎました。(つづく)
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by uaaworkshop2006 | 2006-08-31 00:04
ハセガワ君、軍事博物館にはパンダいなかったの?
昼くらいにMさんが天津の写真見せてってこっちの部屋に来ました。
珍しいこともあるもんだと思ったけど最終的には結局そういうことだったのかって分かって妙に納得したヨコヤマです。(意味不明な文章ですいません。)

《今日の報告》
日本に持って帰る写真を選びました。
あと面白地図作成、14現象でどれをするかの検討など。

《天津旅行のまとめ》
天津の街の大きさは、昨日の天津地図の範囲が2カンにすっぽり入るくらいです。今知りました。結構狭いですね。街の中心を川(海河という名前です)が流れていてその北側に天津駅がありますが、建物に関してはヨーロッパのように新市街、旧市街という区分はあまりないようです。しかし河の南側にある解放北路だけは別格で、ここには銀行、保険会社、投資会社などがヨーロッパの様式で建てられたビルに入居していました。天津を歩いていると非常にしばしばヨーロッパの様式の建物を見ますが、軒を連ねているのはここだけでした。市内は商業関係の建物がほとんどで、河岸に工場が少し。気になったのは通信系の会社が多く、空を見上げるとビルの上につけられたアンテナがぽつぽつ目に入ってきます。
交通状態は、街の狭さを反映してか北京よりもだいぶ自転車が多いように見受けられました。道路の広さは同じくらいでも、2カン、3カンのような生活に絡んでくる高速道路がないのもそれを後押しします。特徴的なのは、3輪車はほとんど走っていなくて、代わりに自転車の2割くらいが電気自転車なことでしょうか。橋が生活の中に出てくるからと思われます。念のため付け加えておくと、日本のような激しいアップダウンは北京と同じく、皆無です。

まずは、「高架下プラザ」から書いていきます。
天津には高速道路が無いのですが、代わりにホニャララ立交橋という立体交差点が何箇所かあります。大通りの車の流れを潤滑にするためですね。結果として出来ているものは、「高架下プラザ」と同じような感じです。市の南西に有る八里台立交橋を見てきました。かなり大きかったです。
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天津は北京に比べると一年のうちで青空が広がる日は多く、黄砂もぐんと少ない(それでも増加傾向らしいですが)ので、日差しを避けようという意思の表れか、高架下には人がたむろしていました。北京ではこういった高架下で非道路の箇所はほとんど駐車場か駐輪場に使われていることを考えると驚きです。一部には畑になっているところさえありました。スペースの有効利用ということを考えたときに、北京のように消極的に使うのではなくて、もっと積極的に、交通の要所、人と人の交流の場として捉える天津的使い方には更なる発展を引き出す余地があるように感じました。無論そうしたときには駐車場、駐輪場の確保という問題を解決せねばなりませんが。

次に、天気の話が出たので「スモークアイランド現象」についても簡単に触れておきます。
晴れの日が多い上に歴史的観光名所がほとんどないため、天津では「スモークアイランド現象」は観察されないと思われます。ただ、黄砂よけ?のためになにがしかのネットをヘルメットのようにしてかぶる女性を散見しました。今は黄砂のシーズンでもないし、北京では話しに聞いただけで見たことがなかったのでちょっと感動しました。何故ネットをかぶっていたのだろう?
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同様に「波状矩形」、「Gridded Flontier」も天津にはないと思われます。
道路は確かにグリッドで引かれているところもありますが、ほとんど全ての地域でその規則は乱れているし、街を囲む道路も河の影響で綺麗な矩形とは程遠い。なにより古い民家は四合院ではなく、レンガの色がそのまま出た2階建ての建築(勉強不足で何と呼ぶのか分かりません)でした。これはこれで一研の価値が在りますが……
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逆に「折ズム」、「複製変異」、「ソトニケーション」、「Daily Installation」は全く共通に見えました。

天津の都市計画は異国情緒をテーマに掲げているようでしたが、目指す都市の形が違っていても当然折は使われていました。建物の複製に関しては、若干北京よりスケールダウンし(開発している街区が小さい)、サッシも共通な団地が北京よりも多いかな、という程度です。店をほったらかして中国将棋をするさまは北京と同じ。

「流浪するシステム」はちょっと事情が違っていました。
というのは、街の中でごくまれに分別を促すゴミ箱を置いた通りに出会うことがあったからです。もっとも基本的には人の手による分別が行われるようで、最終的なペットボトル集積場も市内で2箇所見ました。

「DoInsideYourself」,「HandMadeCity」、「どうして引越しするの?」は今回確認できませんでした。しかし「DoInsideYourself」は確かにお金持ちの家ではやっていると聞きました。

「リアルカタログ」、「陳列様式」は、天津の街の雰囲気と相まって非常に面白かったけれども、結論を言ってしまうと基本的には北京とあまり変わらない気がしています。
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初日に大胡同というところに行きました。そこは建材城と建材城の間、住宅と住宅の間に露天が並ぶというすさまじいところでしたが、そこで繰り広げられる風景は北京のお店と同じ。差異化の果てにアイデンティティーを探すならば、普通のデパートや繁華街を見る必要があるのかな、とさえ思ってしまいました。

《14現象について今のところの印象》
今回のワークショップは、「追跡調査」を掲げているので、なるべく早く扱うテーマを絞らなくてはいけない。その際基準になるのは、「新しい視点、独自の視点を持っているか」「21世紀的、北京的、都市を作る指針を提示できるか」「ヨコヤマが扱えるか(知識と調査方法について)」あたり。多分「どうして引越しするの?」「流浪するシステム」は扱いづらく、「スモークアイランド現象」「複製変異」はあまり有効な指針とならない気がする。
……もうちょっと良く考えてからにしよう。

《今日のまとめ》
そうこうしているうちに2週間の内の4分の1が終わっていた。
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by uaaworkshop2006 | 2006-08-30 22:38 | ヨコヤマ
天津の水上公園にもパンダがいたんだってさ。
えー昨日と今日の二日間は予告どおり天津に行ってきました。回ったところは地図で見ると分かる人には分かるかも。白い線が一日目、赤が二日目で、タクシー乗ったところは書いてません。方針は只管闇雲歩行しつつ、見るべきところは見るというくらいです。つまり何も無かったということですね。
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ひとつひとつ解説していってもしょうがないので羅列的に説明してしまうと、見たなかで有名どころは、古文化街、大胡同、鼓楼、南市食堂街、小白楼街、解放路、南開大学、テレビ塔、南原百貨店。名前が分からないデパート、商店街も結構入った。食べ物はローカルな食堂、露天、KFCとMac(珈琲だけ)、天津駅前で包子(肉まんのこと。天津発祥)あたり。買い物は靴下、ズボン、財布、DVD。泊まったのは「友宣の家」っていうホテル。意味無くダブルベッドでした。
肝心の北京との比較とか14現象はどうだったか、の様なワークショップ的な話は明日まとめますので、2日間の出来事はダイジェストで。

《2日間の報告》
・ルイヴィトンの財布が10元だったよ事件。 
そのまま。日本に持ち帰れない気がしたので代わりに同じ値段の別のブランドっぽい財布を買いました。こっちはかっこいいロゴとかは無くって「まんもののイタリ皮」って書いてあるだけですが。

・もてもて事件
百貨大楼の近くでコーヒー飲んでたら日本語ビジネスを勉強してるお嬢様に声かけられた。「今晩家に来ませんか?」って誘われたけど我慢すること山の如し。
そのあと初めて女性ドライバーのタクシー拾ったら普段1.5元ずつあがっていくところが6元ずつな上にお釣り誤魔化されそうになってしまいました。
総じて女性にもてた一日目でした。

・テレビ塔は嫌いだよ事件
二日目にテレビ塔行ったら上に行くエレベーターが50元だったから貧乏なヨコヤマは上れませんでした。で、泣きながらアイス買ったらいつものアイスが5元(つまり5倍)で、また泣きました。高いものは嫌いです。

《今日の思考》
〔どうしてゆっくりと流れる第九はこんなにも綺麗に聞こえるのだろう?ヨコヤマは天津から北京への列車でとりとめもなく考えた。〕

天津に来て、最初に感じたのは異国文化と自国文化が融合した中国の街並みだ、ということだった。正確に言うとそれは来るまでのイメージを補強しただけにすぎない。街を歩き、異国様式と中国的建築とがはっきり別れているのを見て、融合した町並みなんてのはあまり重要でもないし、事実でもないと思った。街にあったのは、北京と変わらない、いや、もっと分かりにくい中心レスな風景だった。
2日間ずっと天津の中心を求めて、不動点を探して、いた。多分それは具体的な地域や出来事ではないだろう。仮にそういうものが指摘されるとしても、それはきっと中心となる「文化」の象徴のはずだ。天津文化とは、何か。どこにあるのか。探していて、最後に天津駅でふと気づいたことがある。
この国には文化的風景は、ない。

〔列車の前の席に座った若いカップル(と推測される)は、真剣な顔つきで新聞を読んでいた。しかし、不意に携帯電話のけたたましい着信音によって彼らの勉強時間は終わった。〕

この国の人は、真面目だ。多分世界的に見ても相当上のレベルで真面目だと思う。伝統を重んじ、権威を尊重する。彼らが4000年(だったり5000年だったり3000年だったり)の中で培ってきた文化もやはり素晴らしいし、誇るべきものだろう。でも、そういった文化ではない文化の話がしたい。中国にはセックス、ドラッグ、宗教、ギャンブル、トランス、etc...ら、世界での言語が共通な文化は少ない。開放政策以降、旧来の文化(音楽や絵)は、海外のものと混合し進化することはあまりなく、海外に追随している現状もある。真面目すぎて遊ぶ暇が無かったのか、自分たちのものを大切にしたのか、ともかく文化は今変わりつつあるわけだから、止めたりせずになんとかその中で方向性を見定める必要があるのは確かだ。

そういった現状を思考すると、既に同じ状況を経験し、疲弊してしまったことがあるアジアの都市の名が浮かんでくる。東京。そこもまた、開放政策によって文化がなくなってしまった都市だ。町内に必ずひとつあったという寄席は完全に姿を消し、銭湯という様々な言葉や文化を生んだコミュニケーションの場は衰退しきってしまった。東京の若者はディスコナンバーとカクテルの名前しか知らない。地下には外国人ばかり。文化は、文化の中心は、ない。(あるいは「存在しない文化」のカウンターカルチャーとして地方都市を取り上げる?-のは後日)

建築も世界で言語が共通な文化のひとつといえる。ラーメン構造は世界中普遍的に見られるし、コンクリートは多少の差はあれ安価で安定だ。

〔列車は減速し、エーデルワイスがゆっくりと流れる。そして、メロディーを遮って中国語と英語で到着を告げるアナウンスが。〕

世界共通な文化は、地域性を獲得することがあった、いや、あるのだろうか?
敵はあまりに巨大で、しかも洗練されている。そもそも地域性を獲得する必要はあるのか、楽しければ、面白ければよいんではなかったのではないか、そういった疑問すら生まれてくる。しかし文化を創らなければならない。これは単に使命だ。もっと小さいアートだったら個人の沈思黙考でそれは為されただろう。しかし、今考えているキャンパスは都市だ。
個性的な文化を、都市で可能にするには、主体の使命感が必要なようだ。まずはその切実な感覚を個人が持つこと。そして設計者たちが共有すること。東京では失敗してしまった、文化が見出される都市はそこが出発点である。

《今日のまとめ》
「東京」を考えてみる必要がある。
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by uaaworkshop2006 | 2006-08-30 01:41 | ヨコヤマ
ハセガワ君がパンダ見たってさ。
えーなんやかんやありまして、ワークショップを未練がましく続けることになりました、「虚ろな二十歳」ヨコヤマです。(8月25日日記参照)
簡単に趣旨を説明すると、まず一ヶ月かけて14の現象を見つけたのに対してそれが一体どんな現象なのか、どう役に立つのか、を調べてみようというのがこれから2週間の課題ですね。
まあ動く人数も一人だし、期間も短いので扱う範囲は出来るだけ狭くしていきたいな、と思うわけですけれども、最終的には面白い発表を出来るようにガンバリマス。

で、今日がその始動日でした。今後2週間の予定は基本的にないのですが、今回は他の都市との比較という要素を取り入れたいので、明日と明後日に天津(電車で1時間半)へ行くことは決めています。
何故天津を選んだかというと、近いという理由でしかないのですが、やはり都市に歴史ありというかなんというか、下調べしただけですけど面白い街のようです。
分かったのは天津は歴史的観光名所というのがほとんど無い新興都市で、古くは北京の港街として栄え、近年も中国2大鉄道の交わる地点として、物流が大変盛んな商業都市であるということ。そして欧米日なんかによって開港させられてからは異文化交流や外国人街が沢山ある街に変貌したということで、特徴的な建物が多いということ。
今の天津のイメージはこの位です。東京と横浜の関係が北京と天津の関係に等しい(英作文の問題みたい!)といえそうな気がします。

行って色々見てこようと思う中に、「店」があります。これは陳列様式やリアルカタログ、DIYなんかと絡めやすい題材なので、まずはここを重点的に攻めてみたい。
ただなかなか都市や建築に結びつきにくいのかな?そこらへんは「Shopping」を読んで勉強します。あとは街の構造や、貧富の差なんかが要注目点ですね。

《今日の報告》
午後から王府井に行って店舗形態のリサーチをしました。

《今日の思考》
王府井を一人で歩き、写真を撮りながら考えていたのは、一体「陳列様式」や「リアルカタログ」のどこが中国的、北京的だったのだろうか?ということだった。
写真を見て欲しい。
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これらは王府井のデパート内部である、という注釈をつけないと、本当にどこの写真なのか判別するのが難しいくらい(少なくとも日本には)ありふれた光景だ。
何故これらの写真は現象と成りえないのか?世界中どこでも見られる店と、北京現象の違いは何なのか?店の密度と商品の高さがキーな気がする。(駄洒落)さらに、最終プレゼンで指摘された圧縮陳列との違いはどうなんだろうか?通路の幅に過ぎないんだろうか。
実はヨコヤマは密度、高さ、幅、そういった諸要素の数値的変換だけで店舗空間が「現象」になるとは思っていない。もっとコンセプト、国民性、地域性、思想背景から導かれた空間が立ち上がっていると思う。
たとえ表層に現れてくるのが数値的変換だけだとしても、その背景を考えて見なければしょうがない。
普段建築の側から店舗に対してのアプローチは数少ないブランドショップを除けばホワイトキューブを投げるだけで、テナントに対して積極的には働きかけなかった。あくまで建築の側が相手にするのはビルのオーナーであり、入るテナントは未知だった。(中国ではそれが一層顕著だ)複合商業施設や都市をデザインするときには、商店には場所を与えるだけで、あとは勝手にしてもらうのが一般的だった。
時代は変わり、インターネットショッピングや通信販売が力を伸ばしてきている。しかしそこにはヨコヤマが好きな商品との偶発的な出会いや自分で捜し当てるといった楽しみはない。しかし人々が便利になっていく買い物、楽しい買い物を採用するのは自然の理だ。
そういった状況をかんがみるに、ひとつの命題。

(1)商店はこのままでよいのだろうか?

《今日のまとめ》
うわっこれ日記じゃねえ。
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by uaaworkshop2006 | 2006-08-27 21:20 | ヨコヤマ
インデックス
北京現象 ‘06

チャイズム
陳列様式
Daily Installation
Do Inside Yourself
複製変異
Gridded Frontier
波状矩形
Hand Made City
高架下プラザ
リアルカタログ
流浪するシステム
スモークアイランド現象
ソトニケーション
为什么我们非要搬家?
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by uaaworkshop2006 | 2006-08-26 19:53 | 北京現象 ‘06
トーキングオブ「陳列様式」
陳列様式の話の前にまず、これの元になったアイデアがあります。
北京の看板は、凄い建築関係のものが多い。それらはみな、それぞれに理想郷を描いていて、ところが勿論違法の小広告と呼ばれる落書きや張り紙がその上に書かれてしまう。
これを表社会と、裏社会からの2重の広告と見て、「デュアルサイン」と呼んでいました。本当に最終段階になってから、これは未来の話につながりそうも無いということで削除してしまいましたが、
そのとき、敷き詰める感覚、空間をとことんまで利用する感覚という方面で発展できないだろうか、という議論があり、この「陳列様式」が誕生しました。

内容についてはテキストで大体言ってるんであまり書くことはないのですが、書かなかったこととして、様式論的見方があります。あまり自信がなく、間違っているかもしれませんが、もともと見る人々に対して語るために都市への影響力を競った様式が、空間にとって変わられ、でもやっぱり機能や形態が重要になってきた、みたいな流れに一石を投じることにならないかなーと思っていましたが、あまりに不確かなので、テキストからは削除しました。あとOMAの北京市に建てる本屋のコンセプト1つに、本屋内部の陳列、閲覧状態をファサードとしてそのまま見せるというのがあるようです。

今後の発展方法としては、開閉式カーテンウォール「呼吸する立面」と絡めて、日々刻々と変化する立面の都市に対する効果は、具体的になんなのか?を分析することや
圧縮陳列、ネットショッピング(カタログ化)、倉庫型、「リアルカタログ」などと絡めてショッピング論へとつなげることも出来そうです。

《製作秘話》
タイトルのロゴは直前までお店に飾ってあるお札のようにしていたのだが、リアルすぎて写真への信頼性が薄れかねないという理由で急遽没になったとか。
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by uaaworkshop2006 | 2006-08-26 19:43 | ヨコヤマ
为什么我们非要搬家?
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为什么我们非要搬家?

僕の名前は李翻謎。父ちゃんと母ちゃんの3人で暮らしてる。
僕らは今、工事で壊される前の誰もいなくなった家に住んでる。僕らの家はあまり長く住んでると壊されちゃうからよく引っ越しをする。いろんな家に引っ越ししたけど、ほとんどの家は暖かいし、雨も降ってこない。でも、今の赤い家は窓が無いからちょっと寒いんだ。雪が降る前に引っ越そうって父ちゃんが言ってくれた。そうそう、ちいちゃい頃は夜が真っ暗で静かだからちょっと怖かったけれど、今はへいちゃらさ。だけども一ヶ月に一遍くらい怖い人たちが来て、追い出されちゃう。あいつらは僕らを見るとすぐ怒鳴るから、嫌いだ。
 
 今日いつものビルで日なたぼっこしていたら、張おじさんがやってきた。張おじさんは、いつもお酒の匂いで臭いし、言っていることも時々よく分からないからあんまり好きじゃないな。でも今日の張おじさんは綺麗な服を着て、あの長く伸びてたひげを剃っていたから、びっくりした。
「哎、翻迷」(おい、翻謎)
「那个?叔叔,那个衣服漂亮」(あれ?おじさん、その服綺麗だね。)
「哈哈哈。人要是认真工作的话肯定会有好的回报的,翻迷呀,我已经不搬家了,你爸爸为什么还在搬家哪」(ハハハ。人間真面目に働いていれば良いことがあるんだよ。そんなことより翻謎よ、俺はもう引越しをやめたぞ。お前の父さんは何故まだ引越しをしているのだ)
「诶!如果不搬的话,住的地方也要被破坏掉呀,多危险呀」(ええ!?引越しを止めたら住む家が壊されちゃうじゃないか!危ないよ!)
「哈哈哈哈。街上不是还有没被拆除的房子吗,回家问问你爸爸啊,待会见了」(アッハッハッハッハ。街には壊されない家だってあるんだぞ。帰ったら父さんに聞いてみな。じゃあな。)

だから今日僕は夕飯の饅頭を食べてから父ちゃんに聞いたんだ
「为什么我们非要搬家?」(どうして僕らは引越しするの?)
そしたら、父ちゃんは凄い怒った。あんなに怒った父ちゃんを見たのは初めてで、僕は怖くなってしまって、泣いてしまった。もう絶対聞かないようにしよう。
いいんだ、引越しするのは嫌いじゃないし。新しい友だちもたくさん出来る。僕らみたいに良く家を引越しする人って結構いるからね。
でも、ホントに、どうして僕らは家を引っ越すのかな?
引っ越しをしなければ、テレビが買えるのに。テレビは引っ越しのときに持っていけないからだめって前に母ちゃんに言われたんだ。でも僕は絵が好きだから、絵がうまくなりたい。テレビを見てたら、いろんなきれいな絵が見れるからきっと絵もうまくなるんじゃないかな。
そしたら、工場に行って絵を売ろう。あそこの人たちはみんなお金持ちだからきっと喜んで買ってくれる。お金をたくさんもらえたら、僕も張おじさんのように壊されない家に住んでみたい。怖い人たちに追い出されない家に住んでみたい。
あ、もうそろそろ寝なきゃ。今度引っ越す家は暖かいと、いいな。
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by uaaworkshop2006 | 2006-08-26 15:30 | 北京現象 ‘06
ソトニケーション
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北京には砂混じりの熱気があふれている。
更なる都市化に向けた建築ラッシュを背景に、内側がそのまま露出したような人々の群れに遭遇する。
あらたまった空間に捕らわれないコミュニケーション感覚の特異性から新しい何かを捉えることが出来るかもしれない。
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by uaaworkshop2006 | 2006-08-26 15:27 | 北京現象 ‘06